感傷……いいえ。では、生への執着?
やがて膠(にかわ)を融かしたように鈍重な私の意識に、何故か貴方との甘美な記憶が明瞭に蘇り始めたのです。
私は妄想に耽りました。愛の仕草に囚われた女の身体、男の唇と舌。爪先、足首、膝、腿。翻して耳、首、肩、乳房。あるいは身体の衰弱に気づいた脳が、子孫を残す行為を急ぐよう私に命令を下していたのかもしれません。
子宮の奥から帯び始めた熱は、揺れ惑う精神を追いやって身体の隅々へと拡がり、骨までも焼き尽くそうと執拗に這っておりました。手を伸ばして探ると、そこに貴方が居るような気さえしたものです。
ああ、それから幾日そんな夜を過ごしたことでしょう。
ですが、所詮妄想は妄想です。愛の行方を委ねるには哀しすぎました。その、暗闇で鴉を探すような不確かさに、どうしても我慢がならなかったのです。
もう一度、貴方にお会いしたい……。
ええ、私の思考は単純にして明解でした。
貴方は居ない。貴方が居ない。貴方と共に居られない。ならば貴方に会いに行こう。貴方の許へ向かおう。いま一度赦しを請えば、貴方は私に手を差し伸べてくださるかもしれない。
衰弱した息の下で私は、裏腹に強い決意を抱きました。そしてまた、あの駅に立ったのです。
師走の街に灯りがともる夕暮れ時を待って、私は降り頻る雪の中に立つことにしました。
ひどく寒かったです。ひどく心細かったです。それでも夕刻の空が宵を深めるまで貴方を探し続けました。道行く人の視線も冷たかったのですよ。