「君は嫌になるほど生真面目な女性だなあ」

   と、よくそう仰っていた貴方。

   そんな貴方はご存知でしたか。情事を終えた閨房で何気なく揶揄されたその言葉にさえ、私の胸が不安に苛まれていたことを。苦悩に蝕まれていたことを。私は貴方を愛していたのです。貴方に捨てられるのが何より怖かったのです。

「ごめんなさい。つまらない女で……」

「いや、そういう意味ではないよ」

   いいえ。貴方が揶揄していたとおりです。私は凡庸で、手堅く、常に嫋嫋(じょうじょう)とした覇気に乏しい女です。それまでも人生の危険水域に近づいたことは一度もありませんでした。私にとって大切だったのは、私が最も望んでいたのは、貴方と私の心の平穏でした。だからこそ貴方が望むどんな行為も受け入れたのです。

「ちょっと趣向を変えてみようか」

   あれは初めてお会いしてから二月ほどが経った頃です。貴方は鑿(のみ)で掻いたような切れ長の目で、私を異世界へと誘(いざな)いました。魅入られたように頷いた私を高手小手(たかてこて)に縛りあげて、満足げに眺めておられましたね。憐れむように見下ろしておられましたね。

   あの時、私は神様に対する罪悪感と、暗い胎内から湧き上がる情欲に身を焼かれていたのです。恍惚の狭間に溺れていたのです。そして愚かしくも懇願してしまいました。

「奈落に堕ちた私に烙印をください」

   今にして思えば、それが神とも平穏とも乖離した行為であったことは云うまでもありません。

「いいこだ……」

   あの部屋には、古い連れ込み宿に相応しい淫靡な空気が漂っておりました。板張りの床には、榛(はしばみ)色(いろ)のお蒲団が敷かれておりました。暗く無愛想な照明が、絡み合う二人の肌に陰影を映しておりました。私のすすり泣く声にさえ身を震わせる障子紙、荒く傷んだ土壁、黒柿の柱。あの色褪せた障子紙に包まれた部屋を、私は今も忘れることができません。それまでと違った新たな私が、あの日、あの部屋で生まれました。貴方が私を生み出したのです。

   それからの私は、以前にも増して貴方なしでは生きられなくなりました。この体が滅びるまで……いえ、それが許されるのであれば、いっそ貴方に滅ぼされたいと願うようになりました。あの部屋の、あの空気に包まれたまま奈落の闇に浸されたい。そう、私の魂が悪魔との契約を交わした瞬間です。

   おそらくは屈折した愛の力に前後不覚となっていたのでしょう。しかし、芥子粒(けしつぶ)ほどの後悔もありませんでした。そればかりか嫣然と微笑んでいたに違いありません。忌まわしきは淫蕩に滾(たぎ)る我が魂でございます。