第1章(一)
翌朝、間垣は大学病院の研究室にいた。やはりと言うべきか、酷い二日酔いに悩まされていた。
脳髄が膨張し、熱く朦朧としていて、激しい眩暈がする。明け方は自宅で胃液を嘔吐し続けたが、それが幸を奏した痕跡はない。
体内のアルコールとたたかう、自身の内蔵の焦りがビリビリと伝わっていた。
デスクの上に三枚の死亡診断書を並べ、回らない頭で一連の事件について思いを巡らせる事にした。
窓から見える中庭のベンチで、渡海(とかい)が学生に囲まれているのが見える。
彼は間垣と同期の男で、つい一年前まで二人はライバルと目されていた。
妻を失い生活が荒れた間垣を出し抜き、渡海が助教授に抜擢されたのは2ヶ月前の事だ。
君には失望したよと、吐き捨てるように言った外科部長の薄毛をむしりたくなった記憶がある。
だが、出世などどうでもよかった。そんな事より、妻を殺した犯人が一向に捕まらないのが腑に落ちなかった。
同じ傷口を持つ死体が半年に一度発見されていて、それで警察が捜査を進展させられないのは、たまらなく歯痒い。
明らかに同一犯の手口と思われる事件が三件も起きていて、何故、事件の発生を止められないのだろうか。
検挙に至らないのは何故だろうか。
これまでにも幾度となく確認した三枚のカルテを、改めて見直してみる。
一人目の被害者は間垣仁美(まがきひとみ)33歳。
彼女は一年前、満員電車の中で何者かに刺されて死亡している。
座席に腰掛けているところを刺され、そのまま山手線を3周ほども回ったらしい。
乗客が減ってきたところで、初めて周囲の客が異常に気付いたとの事だ。
二人目の被害者は山内祥平(やまうちしょうへい)53歳。
半年前、深夜の公園で、やはり何者かに刺殺される。
翌日の早朝、ウォーキングしていた老夫婦によって発見された。
大学病院に運ばれて来た時には、すでに死後7〜8時間が経過していた。
三人目は新井光司郎(あらいこうしろう)二十歳。
昨日の夕方、自宅の居間で倒れているのを、パートから帰宅した彼の母親が発見。
救急車を呼ぶも、間もなく駆け付けた救急隊員が彼の死亡が確認されたのち、警察の手によってこの大学病院へと搬送されたのだった。