約束の時間は10時だ。

「どうやら間に合ったな」

  そう呟くと、漆喰風の壁にはめられた木製ドアを勢いよく開けた。

  店内は騒がしく、店の者は客が入って来ても気づいていないようだ。もっともパブならば 会計はキャッシュ&デリバリーシステムであろうから、それで特に問題があるとも思えないが。

  中を見渡し、空いているボックス席の椅子を引く。重いブナ集積材の椅子が、ガガガと音をたてて床と擦れた。 後は調査員がこちらを見つけてくれるのを待つだけだ。

  なんでも今回から担当が変わったらしく、まだ間垣は新しい調査員の顔を知らない。 村井と言う名の男だと伝えられたが、最近東京に出て来たばかりで新宿は不案内だと聞いている。少し遅れる事もあるだろう。

  10時にここで待っていれば、向こうがこちらを見つけてくれるとの事だった。

  間垣はキルケニーをワンパイント注文してから男を待った。

  雑居ビルのテナントにしては広めの店内を、見るともなしに眺めてみる。 店には長いカウンターに三本のビアサーバーが設置されていて、左からギネス、キルケニーと、ここまでは解るが、何故か最後の一本はヱビスだった。

  メニューも開いてみた。

  ――なに、なに……。ホキのフライと種芋の素揚げがフィッシュ&チップスで、くず肉のパテがハギス?

  正直、あまり質の良いパブではなさそうだ。 店内も暗く、それがパブなのか怪しいクラブなのか解らない物騒な雰囲気で、来ている外国人はジッポライターをカチャカチャと鳴らし、耳や鼻にピアスを空け、腕には悪趣味なタトゥーが彫られていた。気のせいかマリファナ独特の甘い煙の匂いまで漂っている。

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