「何を今さら。嫌な思いにはもう慣れたよ」
「そうか、まあ元気出せよ。お前の奥さんを殺した犯人は必ず捕まる。犯罪者が世にはばかれるほど、この国はまだ腐っちゃいない」
渡海は間垣の肩を叩きながらそう言った。
だが、
――それは違う!お前は歌舞伎町の現実を知らないだけだ。今の日本には地下に潜ったギャングまがいの奴らが大勢いるんだ。
真面目に生きている者を後目に、そいつらは平気で法を破り、金儲けをし、旨いものを食っているする。それが現実だ。
と、しかし、その言葉を飲み込んだ時には、渡海はドアに向かって歩き始めていた。
「あまりくよくよするなよ、今度飲みに行こうぜ」
「わかった」
と、そう答えるしかなかった。
その日の夜、築地で寿司を摘まんだ後、亜由美には12時までに部屋に行くと約束をしてから間垣は新宿に向かった。
今夜はかねてから雇っていた調査事務所から途中報告を聞く為に、新宿の酒場で調査員と会う約束をしていた。
区役所通りから裏道へと入り、風俗店が立ち並ぶ雑居ビルの間を歩く。
すると15歩も歩かないうちに客引きから声がかかった。
「お客さん、いかがですか?」
「行き先はお決まりですか?」
通っては声をかけられ、通り過ぎてはまた声をかけられる。
そんなマラソン競技の給水所のようなやり取りを経て、調査員から指定されたビルの前に立ったのは午後10時の事だ。
その店はバーや中華ダイニング、そして地下にはイメクラやヘルスなどが入った雑居ビルの一階にある、いかにも胡散臭そうなブリティッシュパブだった。