「先生、今夜は私の部屋にいらっしゃるんですか?」
亜由実が屈託のない口調で話しかけてくる。
チクリ、間垣は亡き妻に対し良心が痛んだ。あれほど愛していた妻が亡くなってまだ1年しか経っていないというのに、もはや決められたステディが居るのは不実だろうか。
確かに、そう指摘されれば返す言葉もない。だが、何故か背徳心もなかった。
妻と死別した以上、亜由実との関係は不倫にはならないからだ。もちろんそれは理論武装に違いないが、
今は亜由実に対して申し訳なく感じている気持ちの方が強い。
間垣は、彼女の一途な気持ちが亡き妻の思い出すら丸抱えである事を知った時、この事件の解決を心から願った。
1日も早く仁美の無念を晴らしてやらなけば、天国に居る仁美はおろか、現世に居る誰一人として幸せにはなれないと、むしろその方が妻も浮かばれない気がする。
その時、不意に研究室のドアが開いた。
亜由実が綻んでいた表情を元に戻す。
部屋に入って来たのは渡海だった。
「大丈夫か?」
渡海は歩み寄り、肩に手をのせて心配そうな顔をしている。
「何がだ?」
「いや、昨日また例の傷を持つ遺体が運ばれてきたそうじゃないか。
これで三度目だ。正直、お前が嫌な思いをしてるんじゃないかと思ってな」
もともと渡海は体育会系の臭いがする男だ。助教授レースのライバルとして鎬(しのぎ)こそ削ったが、
同期で医学部に合格してからというもの、二人が仲違いした事は一度もない。有名医科大学に居がちな、小洒落た細フレーム眼鏡をかけたインテリ風の金持ちの息子より、間垣にとって渡海はよほど付き合いやすい相手だった。