彼女は「せっかく生まれたんだから色々な物を試してみたい」と大層な事を言い、自分の前に置かれた複数のグラスの理由を説明していた。

   「だけど、何もいっぺんに試す事はないんじゃないか?」そう、間垣が尋ねてみても「間を開けたら前のやつを忘れちゃうじゃない」と、論理を曲げず、しかも料理はスパニッシュオムレツ一つしか注文していないというロジックの矛盾にも触れようとはしなかった。

   その日の勘定は間垣が持ち、後日、仁美が御馳走してくれると言う事で話は決着。その1ヶ月後には交際が始まっていた。

   そんな彼女と結婚したのは、はじめて会った日からちょうど1年後の事だ。

   二人が出会ったビアホールで間垣から求婚をした。

「せっかく生まれたんだから、色んな男性と結婚してみたくなったら、その時あなたはどうする?」が、彼女の答えだった。

   間垣は「僕はお気に入りは一つで充分なんだ」と答えて承諾を得たのではなかったか。顔を赤らめ、目を潤ませてた仁美は、店内の明かりが霞むほどに美しかった記憶がある。 「せっかく生まれたんだから」は、彼女なりの照れ隠しだったのだろう。

前へ |        次へ |        書斎に戻る