間垣が亡き妻とはじめて出会ったのは、10年前の夏の事だ。それは食事を兼ねて都内のビアホールに行った時の事だった。
ホテルが経営しているその店は世界中の生ビールが取り揃えられていて、料理もイギリス、ベルギー、ドイツ、デンマークと、ビールの名産国にあわせて豊富に提供されていた。
そこで間垣はレーベンブロイを注文し、ザウアークラウトとソーセージの盛り合わせ、それにイギリス名物シェパーズパイを摘まんでいた。
ふと隣を見ると、おそらくは一人で来ているにも関わらず、テーブルにギネス、バス・ペールエール、カールスバーグ等の数種のビールをそれぞれハーフパイントつづ並べ、まるで飲み比べるかのように順番にグラスに口を付けている若い女性がいる事に気づいた。
それが後に妻になる仁美だった。
料理はテーブルの真ん中に置かれた巨大なスパニッシュオムレツが一皿だけ。
その注文内容からは、彼女がいったい何がしたいのか、どんな好みなのかが見てとれなかった。
エールを舐めては「うん」と頷き、ピルスナーを流し込んでは「おお」と感嘆する仁美を間垣が不思議そうに見ていたところ、彼女がこちらの視線に気が付いたのか急に顔を向けてきた。
「なんでしょうか?」
「いえ……」
慌てて目を逸らしたが、その時には込み上げてくる笑いを堪えきれなくなっていた。
耐えながら、震えながら「ククッ」と笑うと、彼女は怒るのかと思いきや「一緒にどうです?」と間垣を招いてきたのだ。
その時の笑顔があまりにも気さくだったので、断るタイミングを逃してしまったと言うのが正直なところだろう。
結局そのまま自分でグラスと料理を移動させ、仁美と同席してしまった記憶がある。