以前よりは取り締まりが厳しくなったとされる新宿歌舞伎で、それでも警察の目の届かないところで密かに活動しているいくつもの犯罪グループが存在している事を知った。
そしてそれらのグループは、窃盗、強盗、恐喝、麻薬、売春と、それぞれの得意分野に合わせてありとあらゆる犯罪に手を染めているらしい。
なかには殺人や人身売買を専門に行うグループもあると言うから、彼らのその犯罪意欲こそたくましい。
真偽のほどは定かでないが、すべてが偽りだとすれば、その噂を蒔いた者の人間性を疑いたくなるほど良くでき過ぎたものばかりであろう。
大学院から博士課程へと進み、その後は医師として研究室に在籍する間垣にとって、
まさにギャングやマフィアとしか言いようのない歌舞伎のアンダーグラウンド世界は、妻の事件が無ければ一生垣間見る事の無い世界だった。
「先生?」
亜由実がきょとんとした顔でこちらを見ていた。
「すまん、考え事をしていた」
「奥様の事ですか?」
「いや……」
「お疲れのようですけど」
「問題ない。それよりどうだ? 今夜、食事でも」
「嬉しい。ねえ、知ってます? 先生と外で会うのって久し振りなんですよ」
「そうだったか……」
「先生。私、お寿司がいいな」
「分かった。築地にいい店がある。今夜はそこへ行こう」
「やった! ありがとうございます」
亜由実が手を叩いて、ぴょんと、ひとつ跳ねた。
東北出身者の気質のせいか、あるいは亜由実の真面目な人柄か、彼女のこんな表情を見たのは久し振りだった。
……いや、彼女にこんな表情をさせてやれないのは自分のせいかもしれない。
間垣はぼんやりとそんな事を考えていた。