「昨日はつい深酒をしてしまったんだ」
ふぅ、と溜め息をついてからコーヒーに口をつける。鼻腔を通る甘い香りが、眉間に残るアルコールの臭いをかき消した。
「また例の事件が起きましたね」
亜由実は昨日のカルテの写しを手に取り、重ねられたページをめくりながら眉根を寄せている。
妻が殺された事は、この病院では周知の事実だ。間垣自身、隠すつもりもない。
しかし、同じ手口の遺体が昨日で三体目ともなると、さすがに周囲も気を遣ったのか、今朝になって間垣にこの話を振ってきたのは亜由実がはじめだった。
「ああ……」
「先生はどう思われますか?」
「何を?」
と、また質問を返してしまった。
彼女の抉るような質問に、すぐには対応できなかったと言ってもいい。
誰にも直接は触れられなかったこの件に関して、いきなり鋭い質問を投げ掛ける事ができるのが交際している女の強みなのかもしれない。
返答に困り、形だけカップを口元に持っていって視線を逸らした。
「亡くなった奥様と同じ傷を被害者に与えた犯人は、やはり同一犯だと思われますか?」
「そうとしか考えられないだろう」
「警察は何をやっているのかしら」
憤慨やるかたないといった表情で亜由実が爪を噛む。何か別の思案をしているようにも見えた。
「目撃者が全くいないんだ。 警察もどうする事もできないのだろう」
「そうですけど……」
思えば彼女と交際するようになったのは、間接的とは言え妻が死んだからだ。
なのに、その死んだ妻の事を慮ばかってはばからない彼女のアンビバレンスが分からない。
ただ、亜由実に言われるまでもなく、間垣が一連の事件を不審に思い、半年前から独自に調査を進めていた事も事実だった。
時には興信所を雇い、時には自らが聞き込みをし、この半年間で仕入れた情報の中には、しかし、まともな人間ならば耳を疑いたくなるようなものも少なくない。