塩をかけられたナメクジのように胃が縮んでいるのが分かった。
堪え切れなくなった嘔吐物をアスファルトにぶちまけながら歩いた。
ここを歩くという事に、なんの意味があるのかもわからなかった。
背中に感じる若者の視線が、倒れようものなら因縁をつけてグサリと刺してやると告げていた。
――なにが後は警察に任せて下さいだ。
容疑者逮捕の報せを待って暮らすこと半年。
容疑者はおろか、目撃情報や捜査の途中経過さえも連絡してこない警察に失望していた。
そんなところへ第二の被害者だ。間垣でなくとも泥酔したくなるに違いない。
それでも込み上げる吐き気に背中を痙攣させながら歩き続けた。
喉から漏れる嗚咽、口から吐き出される嘔吐物、見開かれた目から流れる涙。
自分の体から内容物が全て流れ出てしまいそうだった。いっそ、このまま死んでもいい衝動にかられていた。
足を引きずり、いったい何処をどれほど歩いただろうか。
背広の袖で汗と涙を拭い、ふと顔を上げた時、朦朧とする間垣の眼前に亜由実が立っていた。
「先生、早くここから大通りに戻りましょう」
亜由美は透き通った声でそう言うと、肩を抱えるようにして表通りまで導いてくれた。
はじめて30センチ以内の距離で見た彼女の顔は、酔った頭でも息を飲むほどに美しかった。微かに伽羅の香りがしていたように思う。